東西分断を生んだ中世日本と東アジア状勢
元寇時、忻都、金方慶らに率いられ、モンゴル人・漢人・女真人・高麗人など非戦闘員を含む3万人が動員されたといわれる。モンゴル帝国の侵攻は急ピッチで、10月5日に対馬、14日には壱岐を攻略し、19日には博多湾、20日に東進し、百道原つづいて博多、箱崎へ上陸(以上、日付は太陰暦による)。なお、この戦争については、網野善彦の本書で展開されている考え方が現代のアジア状勢を考えるうえで重要である。
ナショナリスティックな文化観を再考
学術書というよりは一般向けのわかりやすい内容で読んでいて楽しめる。もともとの発想は著者の独創というわけではなく、先人により示唆された東日本と西日本の違いをさまざまな観点から見たものだ。もともと日本はおおきくフォッサ・マグナでふたつに分かれており、吉本興行文化圏(西)と吉本漫才で笑えない圏(東)、あるいは心付け先渡し圏(西)と後渡し圏(東)に分類して考えていたわたくしにはとても納得のゆく内容であった。特に著者の指摘で面白かったのは、文化的にも軍事的にも、関東は九州と、近畿は東北と、それぞれ結びついていたという内容である。そして、日本はもともと一国文化圏というよりは、日本海を挟んだ環日本海文化圏という環状の文化圏に属する、という著者の主張からは、国家の切断点とは別の文化の切れ目が見えてくる。そしてハンチントン的な「文明の衝突」では割り切れない、文化間の混交がこの列島上でなされてきたことになろう。そう考えると、ナショナリスティックな日本文化論にも一石を投じている本だといえる
日本人のルーツに迫る提起
この本において、故網野氏は自身と過去の碩学達の業績を俯瞰・集合し、そこから導かれ得る考え方を提示している。その矛先は明確な日本人のルーツへの解明に向かっていると思う。極論かも知れないが、「古代の西国人と東国人は爾来、民族が異なると入っていいほどの差がある」ということが、結論であると思う。しかし今、これを有機的に認識する風潮にないことが残念だ。 思うに、異なる民族とはいかなるものだという問いにはこの本は答えていない。しかし、日本人が海外に旅行したとき、そこに出会う、中国系、朝鮮系、南アジア系の人を判別できないという事実の重要性を感じる。反対に彼らは我々を日本人と認識できるという。我々の顔には種々の民族の顔があるからだ。 柳田国男が講演で恐れず言い放った「日本人は混合された民族であります」という認識が、全くの真理であることをこの本は提示していると思う。 今世界各地で起こっている民族の対立は実は我々の祖先もずっと経験していることだとこの本は説く。そしてその解決案に至る前に物故されたのは誠に無念と言える。
関東の人間には心地良すぎるところもあるが
新鮮だったのは西国(朝廷)が東国(武士)と対抗する上で東北地方と結びつこうとし、関東は九州と結んで朝廷を挟撃しようとした、という構図が見えるという指摘。特に、足利尊氏が権力を掌握する過程で、いったん九州に逃れてから建武朝廷を打倒する課程は、その構図が見事にあてはまる。確かに尊氏の「東北から九州をまたにかけた、日本史上まれにみるといっても決して過言でない、大きなスケールをもつこの軍勢の大移動は、まさしくさきの地域間の連合・対立の全面展開以外のなにものでもない」(p.261)という主張にはワクワクさせられる。そして東北と関東の対立は、俘囚の長といわれた安倍氏の乱を関東の武士が抑えることによって生まれたという指摘も納得的だ。東と西の違いは東日本が家父長制的なイエ社会であり、西日本では母系的なムラ社会であることに起因するという宮本常一さんの説も紹介されている(p.46)。名主(東)と庄屋(西)という呼び方、交通手段における馬と船、やくざと忍者、宗教における曹洞宗と一向宗の広がりなど学問的に解明されていないものも含めて、思った以上に深いものだな、と改めて感じた(pp.307-308)。 「人の心のまかれるをはすて、なおしきをば賞して、おのすから土民安堵の計り事」をなしてきたという武士たちがつくった御成敗式目に対する「前近代の合議体の規範としてはおそらく最高水準に属する」という石母田正氏の評価は(p.217)、ぼく自身も関東の産だし心地よすぎる。
辺境から見た日本史
日本を東西の懸隔から考察した興味深い書物です。 確かに著者の主張には首肯できる箇所も多々あるとはいえ、著者自身がいわゆる「東国人」である所為かいささか東国に肩入れし過ぎている点が若干気に懸かります。かつて「鶏が鳴く東路の果ての僻地」でしかなかった関東が、事実上の首都および首都圏となった今日でさえ、和風文化においては王朝以来の京都文化の、そして外来文化においては欧米西洋文明の「植民地」でしかない事実が、何よりも関東地方が長い時代にわたる洗練された優美典雅な社会を培って来なかったことを証明しております。明治以降の日本が、どことなく野暮ったい社会になってしまったのも、このことと無関係ではないかも知れませんね。
講談社
中世再考 (講談社学術文庫) 海と列島の中世 (講談社学術文庫) 蒙古襲来―転換する社会 (小学館文庫) 中世の非人と遊女 (講談社学術文庫) 日本社会の歴史〈上〉 (岩波新書)
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